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芹沢あさひ vs 3ゲットロボ

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芹沢あさひ・3ゲットロボ
芹沢あさひ・3ゲットロボ

 河原に座り込んでいたあさひちゃんは、なにやらおかしな音が聞こえてくることに気が付きました。  その朝あさひちゃんは、いつも通り石の並びをチェックしているところでした。何者かによって並べられた石が、幾何学的な隊列を保ち、昨日と変わっていないことを確認したところで、あさひちゃんの耳に、工事の音ほど大きくはない、ちょっと人工的な感じのする音が飛び込んできたのです。音は一定のリズムをもって、橋のほうから聞こえてくるみたいでした。もしかしたら、今日は河原に誰かいるのかもしれません。こんな朝早くに、機械まで持ち出して、何をしているんだろう。そう思うと、がぜん興味が湧いてきます。あさひちゃんは、その音を調べてみることに決めました。  橋のほうに行くためには、草むらの中に飛び込まなければなりません。すっきりと伸びた草たちはあさひちゃんの背よりも高く、朝露に濡れて、ほんのり涼しいようでした。茂みの中を歩くにつれて、音はどんどん大きくなります。しっとりと濡れた髪が、あさひちゃんの頬に貼り付きました。焦るようにして茎をかきわけ、いよいよ橋の下に出た時、あさひちゃんは驚きました。そして、「なんすか、これ!」と大きな声を出してしまいました。なにしろ、そこにいたのは、銀色に光るロボットだったのです。  ロボットはあさひちゃんよりちょっと背が低いくらいで、平べったく何段かに分かれた身体に、パイプのような頼りない手足がくっついていました。顔も横長ではありますが、頭のてっぺんには猫の耳のような突起と、物々しいアンテナがついています。そのうえ、目を思わせるライトと、口を思わせる換気口もあるに至っては、どことなく愛嬌があると言えなくもありません。何をするものなのか、ロボットはがしゃーん、がしゃーんと気の抜ける音を立てながら、その場で足踏みを繰り返していました。  あさひちゃんはまず、周りを伺ってみました。が、持ち主らしき人の姿は見当たりません。アンテナこそついていますが、カメラも何もないですし、どこかから操作されているようにも見えませんでした。不思議に思ったあさひちゃんは、ロボットの裏に回ってみました。すると、頭のうしろに、メモ書きが貼り付けてあるのが見つかりました。

「3ゲットロボだよ 自動で3ゲットしてくれるすごいやつだよ」

 どうやら、3ゲットロボというのが、このロボットの名前のようでした。そして、3ゲットロボは、3ゲットをしてくれるということです。しかし、あさひちゃんは首をかしげました。「3ゲット」というのが、なんのことかわからなかったのです。  メモ書きをめくると、詳しい動作内容が見つかりました。なんでも、3ゲットロボは、掲示板の3番目の書き込みをゲットしてくれるロボで、電波の届く場所ならどこでも動作するようです。ただし、アンテナの性能が悪いのか、いまは電波を受け取れていないようでした。 「う~ん、つまんないっす~」  あさひちゃんはロボの背中を、とん、と押しました。すると、ロボはふらふらと押した方向に歩いていきます。あっ、とあさひちゃんが思った瞬間、ロボはその場にピタリと止まりました。  もしかして、壊しちゃった? そう思ったあさひちゃんがロボの正面に回ると、突然、ロボの目がキラリと光りました。そして、体内から唸るような音が聞こえはじめました。全身がびりびりと震え、その存在感はまるでアニメの中の巨大ロボットのよう。あさひちゃんが呆然としていると、ぎゅぴーん、というような音とともに、ロボの目がひときわ光り輝きました。これは! とあさひちゃんはひらめきました。そして、スマートフォンを取り出して、掲示板を確認しはじめました。きっとロボが、3ゲットしたに違いない!  ロボの書き込みはすぐに見つかるはずでした。なぜなら、その書き込みには、記号をうまく使って、ロボの姿が描かれているらしいからです。説明によれば、ロボは掲示板の3番目の書き込みをゲットしてくれるということでした。あさひちゃんはワクワクしながらスレッドをスクロールしました。しかし、ロボの書き込みは……事もあろうに、12番目に見つかりました。その下の書き込みでは、3ゲットロボの登場が、ひどく嘲笑われていました。どうやら、このロボットは、いつもこのように、失敗ばかりしているようでした。あさひちゃんは、ひどく落胆しました。  しかし、あさひちゃんは思いました。もしかしたら、電波が悪かっただけかもしれない。もっと通信速度が出るところに行けば、ロボもしっかり3ゲットできるかも。あさひちゃんは、ロボの背中をそっと押しました。ロボは再びがしゃーん、がしゃーんと音を立て、河川敷のスロープをのぼり始めました。  それから、あさひちゃんとロボはいろんなところへ行きました。学校、公園、電波塔の下。町中では道行く人から怪訝な顔をされましたが、あさひちゃんはまったく気にしませんでした。あさひちゃんはスマートフォンを常に確認していましたが、さすが現代のスマートフォンです、どこへ言っても電波状況はすばらしいものでした。そして、3ゲットロボはというと、どこへ言っても5番目以下のレスを取ることはできませんでした。  丘のほうの公園まで来ても、ロボは相変わらずがしゃーん、がしゃーんと歩いているだけでした。もしかして、このロボに3ゲットをすることはできないのかも……その思いで、頭がいっぱいだったからでしょうか。あさひちゃんは、歩いていたひとの背中にぶつかってしまいました。 「きゃっ!」 「あっ! ごめんなさ……」言いかけたところで、あさひちゃんは相手の顔をまじまじと見つめました。「冬優子ちゃん?」 「なーんだ、あさひじゃないの」冬優子ちゃんは顔をしかめました。「あんた、こんな所で何やってんのよ」 「ロボ、追いかけてたっす」  あさひちゃんは、がしゃーん、がしゃーんと歩いているロボの方を指差しました。ロボは律儀に遊歩道の上を歩いていました。 「ああ、3ゲットロボじゃない」冬優子ちゃんはロボをちらりと見ました。「それで? どうだった?」  あさひちゃんは半分むくれながら、言いました。「全然ダメだったっす! いくら歩いても、全然3ゲットできないし……3ゲットするロボなのに」 「それはそうでしょうね」冬優子ちゃんは笑いました。「そうじゃなくて、どこへ行ったのかって聞いてんの」  そう言われて、あさひちゃんは今日一日を無駄にしてしまったことを話そうとしました。3ゲットロボが目的を果たさないせいで、大変つまらなかったことを話そうと思いました。まず思い出すのは、河原で出会ったときのことです。あの時あさひちゃんは、一日何をしようか希望に胸をふくらませていて、それなのに、ロボを見て……とてもワクワクしたことを、思い出しました。次に行ったのは学校です。休日の学校に入るのは久々のことで、なんだか新鮮だったことを思い出しました。次に行った公園では、ロボの銀色の身体がよく映えるようで楽しかったし、電波塔は下から見ると思ったよりも大きくて…… あさひちゃんは、まじまじとロボを見ました。ロボは再び目を光らせていましたが、あさひちゃんはもう掲示板を確認することはしませんでした。 「あさひちゃーん! 冬優子ちゃーん!」  手を振りながら、坂の下から愛依ちゃんがやってきました。休日に3人が揃うのは、とても珍しいことでした。 「あれ? あの……ロボット? みたいなやつ、なに?」  愛依ちゃんが坂の上を指しました。傾きかけた陽のむこうで、銀色のロボットは、がしゃーん、がしゃーんと音を立てながら、どこかへ帰っていくようでした。 「3ゲットロボっすよ」あさひちゃんは、ロボの背中に向かって、にっこりと笑いました。 「自動で3ゲットしてくれる、すごいやつっす!」