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営みの必然性

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花初そたい
花初そたい

雑記

GAL

フォロワーが紹介していた「炊飯器ギャル」の動画をよく見ている。デコった炊飯器のインパクトはもちろん、テンポのいい映像作りや丁寧に維持された清潔感、それに妙におもろいSEに中毒性がある。特に炊飯時とラストに鳴る「GAL」という音声、あれはどこからサンプリングしてるんだろう? 結構ビッグになってきてる気がするし、そろそろ誰か特定してくれてるんじゃなかろうか……?

イヤピ

ワイヤレスイヤホンとイヤーピースの結合がゆるくなっており、気を抜くとイヤーピースだけ耳の中に残して本体が落ちてしまう。普通に困るのでイヤーピースを替えたいのだけど、問題は今のイヤーピースをかなり気に入っているということ。イヤーピースと耳の間に隙間があると特に低音の聞こえ方が全然違うし、ノイキャンの効きも悪くなってしまうので、できれば今のものを使い続けたいのだけど…… なんか買いたい物がたくさんある状態だと、必要に迫られて別に欲しくないものを買う気持ちが全然なくなってしまうな。とりあえずは困ってないから、いいか。多分イヤホンを無くしたらめちゃくちゃ後悔するんだろうけど。

メタファー

天竜川ナコンの縛り旅3をようやく見た。CFに投資までしたのにだいぶ放置していた。 全体的にめちゃくちゃよかったんだけど、特に終盤のセリフにグッと来た。

あらゆる人にとっての創作っていうのは 海を見るという行為だと思ってる 海を見に行くという営みのメタファーだと思っている

この状態すごいよなあ。自分の行為が創作物に重ね合わされるのではなく、あらゆる創作物が自分の行為から発生していると思える状態。ここまで自分の行為に確信を抱いてみたい。 こういう確信は別に自分の行為じゃなくても抱けるのかもしれない。寺山修司の「私は必ずしも『競馬は人生の比喩だ』とは思っていない。その逆に『人生が競馬の比喩だ』と思っているのである」というパンチラインも似たような境地じゃなかろうか。この境地、至りてえよなあ。なにか一つの営みを、あらゆる物語より優先したいですよねえ。

つくったもの

なし。

よかったもの

竹内浩三『戦死やあわれ』

8月の課題詩集。ようやく腰を据えて読めた。呑気で素直な青年が戦地で次第に悲壮感を増していく次第が、作る詩によって克明に切り取られている。「日本が見えない」は合唱曲として聴いたことがあったけれど、まさかこの作者の詩だとは序盤からは想像がつかなかった。 選んだのは以下の二篇。

  • 擬音が多くて楽しい詩。猛烈な雨のなか「がちんがちん」と歩く姿も、それに対置されたお金を使うことを「にぎやか」と評する連も勢いがある。金がない時に雨の中を「がちんがちん」と歩くような状態は容易に想像がつくし、自分の学生時代を思い出すようで、それもよかった。素直な勢いを素直に出すということは冷静な語彙力がなければ難しい気がするけれど、この詩はただ素直に書いているように読める。その巧まない感じもいい。

  • 骨のうたう(原型) 有名なのはこちらの形らしく、「中井利亮編『愚の旗―竹内浩三作品集』刊行に際して現在知られている形になった」とWikipediaにあった。 現在の形は冒頭と第三連がリフレインになっていて、綺麗にまとまっているのはこちらなのかも。けれど、あわれさは原型の方が強い印象を受ける。今の形は「国のため大君のため死んでしまう」ということが「あわれ」だと強調されているようだけど、そちらよりも「骨」となった兵隊の願いが無視されて、誰にも顧みられることなく風化していく原型のほうが「あわれ」じゃないだろうか? 作者の竹内浩三はこの詩を書いた後に戦死している。現在知られている形に補作したのは中井利亮だという。この二人がどういう関係にあったのかは知らないけれど、中井にとって、あわれな兵隊の一人である竹内浩三自身が「なんにもなしに」なるのは耐えられなかったのかもしれない。そういうセンチメンタリズムも感じてしまう。